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大阪地方裁判所 昭和37年(行)41号 判決

原告

蛭子井伊作

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

右訴訟復代理人弁護士

滝井朋子

被告

大阪府知事

右指定代理人

綴喜米次

ほか二名

被告補助参加人

大阪市

右訴訟代理人弁護士

堀川嘉夫

右訴訟復代理人弁護士

上原洋充

主文

1  被告が原告に対し、昭和三七年八月二四日付買収令書により別紙目録記載の各土地について自作農創設特別措置法第三条の規定に基づいてなした買収処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用のうち、原告と被告の間に生じた部分は被告、補助参加によつて生じた部分は補助参加人の各負担とする。

事実

第一、当事者双方が求めた裁判

原告

第一次請求として、

主文第一項同旨及び「訴訟費用は被告の負担とする」との判決。

第二次請求として、

「1 主文第一項記載の買収処分はこれを取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする」

との判決。

被告

「1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする」

との判決。

第二、当事者双方の主張

原告

(請求原因)

一、原告は昭和一四年七月二五日家督相続により、別紙目録記載の各土地(以下本件各土地という。ただし、当時分筆前)の所有権を取得した。

二、被告大阪府知事は、昭和三七年八月二四日本件右土地の買収令書(買収の時期昭和二三年一二月二日)を発行し、これを自作農創設特別措置法(以下自創法という)第九条の規定により原告に交付し、もつて本件各土地につき自創法第三条の規定による買収処分をした。

三、被告大阪府知事がした本件買収処分には次のような重大・明白なかしがあるから当然無効である。

1 本件買収処分は農地法施行法第二条第一項に定める場合に該当せず、法律の根拠を有しない処分である。

本件買収処分は前記のように自創法にもとづいてされたものであるが、自創法は昭和二七年法律第二二九号農地法の施行に伴い、同法施行法により昭和二七年一〇月二一日廃止せられ同法施行法第二条に定める場合を除き、その効力を失つている。ところが本件各土地は、同法施行法第二条第一項に定める「旧自創法第六条第五項の規定による公告があつた農地であつて農地法の施行の時までに買収又は使用の効力が生じていないもの」に該当しない。

なぜならば、前記昭和三七年八月二四日付買収令書(以下本件買収令書という)が発行されたのは、次のようないきさつによるものだからである。すなわち、本件各土地については、昭和二三年に買収計画がたてられ、被告大阪府知事はこれに基づいて同年一二月二日を買収の時期とする買収令書をその頃発行し、これを原告に交付すべきところを自創法第九条第一項ただし書に該当する場合であるとして、交付にかえて公告し、よつて買収処分手続を全部完了した。しかし、当時買収令書を原告に交付しようとすれば容易に交付しうる状況にあつたもので、右交付にかえる公告は違法なものであつた。そこで原告は、昭和三一年に、右買収処分後本件各土地の売渡処分を受けた者またはその者らから更に買受けていた者で当時本件各土地の所有名義人となつていた者らを被告として、大阪地方裁判所に、前記買収処分の無効を理由とする所有権移転登記等請求訴訟を提起し(大阪地裁昭和三一年(ワ)第四五〇三号)、一審、控訴審、上告審とも原告が勝訴判決を得て、昭和三七年一月三〇日右判決は確定した。これにより、さきの買収令書の交付にかえた公告が違法で買収処分が無効であることが確定されたので、被告大阪府知事は、さきの買収処分手続のかしを糊塗し、現在の占有関係を合法化しようとして、本件買収令書を発行し原告に交付したのである。

しかしながら、このような場合は、農地法施行法第二条第一項に該当しない。同法条は、施行法一般の性格から明らかなように、いわゆる経過的措置を定めたものであつて、旧法によつて進行途中にある手続がその廃止によつてすべて烏有に帰し、その時までに実施された手続がすべて徒労に終ることを防ぐという目的のためにのみ定められたものであり、旧法によつて実施せられすでにすべての手続が形式上完了してしまつている本件のような場合について、旧法の廃止後かしが発見されその結果処分の無効が確認されまたは処分が取消された場合を予想して、それらの場合を救済するために旧法の効力を維持しているのではないのである。

2 本件買収令書の交付は買収計画の確定後一五年間も経過した後になされている。

本件買収令書には、買収の時期は昭和二三年一二月二日と記載されている。従つてその買収計画は右買収の時期以前に樹立され確定していた筈である。

そうすると本件の買収令書の交付は買収計画の確定後一五年間という長期間を経過してなされたものである。

もとより、買収計画の確定と買収令書との間の期間について法定期間の定めはないが、このように社会通念上妥当な期間を経過した後になされた買収令書の交付は無効である。

3 本件各土地は農地ではない。

イ、本件各土地はもともと淀川の河川修復によつて生じた旧河川敷の残地であつて昔から農地として使用された事実はなかつた。

ロ、本件各土地は、すくなくとも被告が原告に本件買収令書を交付した当時である昭和三七年八月二八日ごろには農地ではなかつた。

すなわち、本件各土地のうち東淀川区江口町一六六番地の二ないし一二の土地(以下いずれも単に一六六番地の二ないし一二の土地という。他の番地の土地についても同じ)については訴外大阪府が昭和二九年一一月一日ごろこれを宅地に転用し、その地上に大阪府営住宅を建設し、三一番地の一ないし一〇の土地については補助参加人大阪市が昭和三〇年一二月一日ごろこれを宅地に転用しその地上に大阪市営住宅を建設し、以後いずれも宅地として使用してきている。

なお、右土地のうち三一番地の一ないし三、五、七ないし一〇の土地については地目が市営住宅用地に変更されている。

又、一六七番地の三、六、六、九、一〇の土地については昭和三七年三月八日、一六七番地の二、八、一一の土地の土地については同年六月二二日東海道新幹線線路敷予定地として原告から日本国有鉄道(以下国鉄という)に売渡され(所有権移転登記はいずれも同年九月二二日)国鉄は昭和三七年六月末ごろから右土地上に東海道新幹線建設のため鉄筋コンクリート造の高架工事に着手し、同年八月ごろは右工事の続行中であつた。

そして一六六番地の一、一六七番地の一、四、五の土地については、国鉄が東海道新幹線建設工事を施行する間、作業のためにこれらの土地に立入ることの承諾を求めたので、原告はこれを承諾し、昭和三七年六月末ごろから右土地は新幹線工事のための資材器具の搬入、搬出、卸荷、積載及び一時の集積の場所として専ら使用されていたのである。

4 仮に右一六六番地の一、一六七番地の一、四、五の土地が形式上当時農地であつたとしても、右に述べた周囲の状況から、本件買収令書交付当時これらの土地は自創法第五条第五項に規定する「近くの土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当する。

5 被告大阪府知事は本件買収令書交付前、本件各土地の買収令書を原告に交付し、後にこれを取消したことがある。すなわち、

大阪府知事は三、1で述べた訴訟の係属中である昭和三四年二月一日ごろ原告に対し本件各土地の買収令書を交付した。そこで原告は大阪地方裁判所に昭和三四年(行)第七号行政処分無効確認等請求訴訟を提起し、その許されざるゆえんを主張したところ、被告大阪府知事は右買収令書の交付を取消し、昭和三五年四月二〇日附内容証明郵便で原告にその旨を通知してきた。そこで原告は右訴訟を取下げたのである。

このように一旦買収令書の交付をしそれを取消しておきながら、更に買収令書の交付をするのは違法である。

6 本件各土地のうち一六七番地の二、三、六ないし一一の土地は原告の所有ではない。

これらの土地は本件買収令書の交付当時国鉄が原告から買受け東海道新幹線工事を施行中であつた。

このような土地の買収が違法であることは明らかである。

四、仮に前記の違法が重大・明白といえず本件買収処分が当然無効でないとしても、処分の取消原因となることは明らかであるから取消されるべきである。

(被告の主張に対する原告の主張)

一、被告の主張第二項の2の 記載の事実のうち、訴外大阪府が一六六番地の二ないし一二の土地を買受けこれを宅地に転用の上、その地上に大阪府住宅を建設したこと、補助参加人大阪市が三一番地の一ないし一〇の土地を買受けこれを宅地に転用の上、その地上に大阪市営住宅を建設したこと及び同項の2の八の事実は認める。

二、被告の主張第四項の3は争う。

本件買収処分の違法性の判断は買収令書交付の時である昭和三七年八月二八日を基準として決せられるべきである。

農地の買収手続は買収処分によつて国が所有権を取得するための段階的な一連の手続であつて、その手続は自創法第一条に定める目的達成のためにのみ行使されなければならず、買収手続を履践しても自創法第一条に定める目的を達成することができない場合にはもはや買収手続を続行して買収処分を行うことができないのであつて、買収処分の違法性の判断は買収令書交付の時を基準として定められるべきものであることは明らかである。

なるほど自創法は農地の買収計画について一定の場合には昭和二〇年一一月二三日に遡つてその時の状態において対象たる土地が買収の対象たる要件を備えているか否かを判定の上立案することを許しているがこのような遡及は地主の脱法手段を防ぐために認められた例外であつて、行政処分は処分の時の現況にもとづいてなされなければならないのが原則である。

ことに本件各土地のように被告の責に帰すべき理由によつて買収計画の確定後買収令書の交付までに長年月をへ、その間原告の責に帰すべからざる理由によつて既に現況が宅地になつてしまつた土地について、買収令書の交付をなすことが許されないことは疑問の余地がない。

被告

(請求原因に対する答弁及び被告の主張)

一、請求原因第一、二項は認める。

二1  請求原因第三項の1のうち、本件各土地について昭和二三年に買収計画が立てられ、被告大阪府知事がこれに基づいて買収令書を発行し、交付にかえて公告したこと、原告がその主張のような訴訟を提起し、一審控訴審、上告審とも原告が勝訴してその主張の日に確定したこと、以上の事実は認めるが、その余の主張は争う。

本件各土地は自創法第六条第五項の規定による公告があつた農地買収計画に係る農地であつて農地法の施行の時までに買収の効力を生じていないものに該当するので被告大阪府知事は農地法施行法第二条により本件買収処分をしたのである。

その間の経緯を更にくわしく述べると、次のとおりである。

2イ、大阪市東淀川区農地委員会は昭和二三年一〇月一八日本件各土地(当時分筆前)を原告の父正信を所有者として(原告は当時本件各土地について相続登記をしていなかつた。)自創法第三条の規定により買収することを決定し、買収の時期を同年一二月二日とする農地買収計画を定め、同日その旨の公告をし、同月一九日から一〇日間右買収計画書を縦覧に供したが異議の申立がなかつた。

そこで大阪府農地委員会は同年一二月一日右買収計画を承認し、被告大阪府知事は昭和二四年四月二五日原告の父正信あての買収令書を発行し、大阪市東区北浜三丁目中野合資会社気付で各買収令書を送付したが送達不能となつた。

そこで被告大阪府知事は昭和二五年三月二五日附大阪府公報第一号外で買収令書の交付に代る公告をした。

ロ、そして本件各土地は昭和二六年一一月一日自創法第一六条の規定により訴外坂本市松外一〇名に売渡された。

その後本件各土地は自作農地として利用に供されていたのであるが、昭和二九年一二月八日訴外大阪府が一六六番地の二ないし一二の土地を買受け、これを宅地に転用の上、その地上に大阪府営住宅を建設し、又昭和三〇年一〇月五日補助参加人大阪市が三三番地の一ないし一〇の土地を農地法第五条による被告大阪府知事の許可を受けて買受けこれを宅地に転用を上、同地上に大阪市営住宅を建設した。

ハ、昭和三一年一〇月二二日原告は訴外大阪府補助参加人大阪市及び一六六番地の一、一六七番地の一ないし一一の土地の所有名義人を被告として大阪地方裁判所に昭和三一年(ワ)第四、五〇三号所有権移転登記手続等請求訴訟を提起し、同裁判所において原告が勝訴した。

そこで大阪府等の被告らは大阪高等裁判所に控訴したが原告が勝訴し、同被告らは最高裁判所に上告したが、昭和三七年一月三〇日原告が勝訴し同判決は確定するに至つた。

右の判決においては先決問題として「買収令書の交付に代る公告は買収令書を交付しえたにかかわらずこれを交付しないでなされたから、その買収処分は無効である」と判断され、本件各土地はいぜんとして原告の所有に属することが確定されるに至つた。

ニ、この結果本件各土地は自創法第六条第五項による公告があつた農地買収計画に係る農地で農地法の施行の時までに買収の効力が生じていないものに該当することが明らかになつたので、被告大阪府知事は農地法施行法第二条の規定により本件各土地の買収令書の交付をしたのである。

右農地法施行法第二条の規定は、農地法施行当時買収手続が終了していない場合は勿論、自創法第六条第五項による公告につづいてなされた買収手続にかしがあるためいまだ買収の効力を生じていない場合にも適用される。

本来買収されるべき農地について買収手続の過誤により買収の効力が生じていないとされた場合、従前の買収の有効なことを前提としてその土地の上に形成された権利関係が一挙に覆滅されることによつて生ずる法定不安定の弊害を考えれば、このような場合にこそ右農地法施行法第二条の発動が期待されているといつても過言ではない。

三、請求原因第三項の2の法律上の主張は争う。

四、1請求原因第三項の3のイは否認する。

本件各土地は買収計画が樹立された昭和二三年一〇月当時及び買収令書の交付に代る公告がされた昭和二五年三月当時いずれも純然たる農地であつた。

2 請求原因第三項の3のロのうち、一六七番地の二ないし一二、三一番地の一ないし一〇の各土地については原告主張のように本件買収令書交付当時その地上に公営住宅が建設されていたこと、一六七番地の二、三、六ないし一一の土地については当時原告がこれらの土地を国鉄に東海道新幹線用地として売渡していたことはいずれも認める。

一六七番地の二、三、六ないし一一の土地について国鉄が本件買収令書交付当時、同土地上に鉄筋コンクリート造の高架工事を続行中であつたこと、一六六番地の一、一六七番地の一、四、五の土地が当時東海道新幹線工事の資材置場等として使用されていたことはいずれも否認する。

これらの土地は、原告が前記訴訟の判決にもとづいて昭和三七年三月強制執行するまでは畑として耕作されており、その強制執行により耕作が禁止され、その土地の周囲に木杭と鉄線による柵がめぐらされていたが、本件買収令書が交付された昭和三七年八月当時、地上にはなんらの工事も行われておらず、又土地の形質変更もされていなかつた。

3 農地の買収処分の適法性を判断するについては、買収計画樹立のときを基準として判断されるべきである。

自創法による農地の買収処分の適法性を判断する基準時をいつにすべきかを決するにあたっては、自創法の定める買収手続の構造、自創法の趣旨目的から具体的に判断して決せられるべきである。

自創法は農地の買収手続として買収計画の樹立から買収令書の交付にいたる一連の手続を定めている。そして買収計画に関する手続については地元選出の委員からなる民主的な委員会制度をとり、その委員会をして買収農地の実情の確実な把握とその慎重な審議により買収計画を決定させることにしているのである。しかし買収計画が適法に定められた後、農地の形質に変更があつた場合にその後の買収手続を進行できなくなるのであれば、買収手続の経過と共に変化する農地の状況に応じて一々買収計画を変更しなければならないこととなり、大量広汎かつ急速に実施すべき農地改革は到底実現できなくなるのである。それだけでなく買収計画にもとづいて買収令書を発行する国の機関は知事であり、知事が買収計画を樹立したすべての土地についてその後の事情の変化を調査し買収令書を交付すべきか否かを決することは当時において到底不可能であったし、又これを要求することは農地の実情の把握を地元の農地委員会に委ねた自創法の趣旨にも反する。

このような点から考え、自創法は買収計画樹立時をもつて買収要件の存否の判断の基準時としているものと解すべきである。自創法第四二条が買収計画の公告があつた土地についてその形質変更を禁止し、買収計画後の形質の変更を買収処分の際考慮しないことにしているのもこれを示すものというべきである。

そして自創法による農地の買収処分の買収要件の存否の判断の基準時が買収計画樹立の時であれば、農地法施行法第二条による農地の買収処分についても同様に解すべきである。

仮に自創法による一般の買収処分の場合の買収要件の存否の判断の基準時が買収令書交付時であるとしても、一旦なされた買収処分の手続上のかしを補充するため農地法施行法第二条によつて買収令書を交付する場合には少くともさきに行つた令書の発行又は令書の交付に代る公告をしたときをもつて基準とすべきである。

本件については昭和二三年一〇月一八日樹立された買収計画に基き、被告大阪府知事は昭和二四年四月一五日買収令書を発行し原告方へ送付したが送還不能となつたので昭年二五年三月二五日附で買収令書の交付に代え公告をしたのである。ところが後に右公告にはかしがあることが判明したのでこれを補正するため本件買収令書を交付したのである。

従つて本件買収令書の交付はさきになされた買収令書の交付の手続上のかしを補完するためになされたものであるから、実体上の要件については補完の対象である最初の買収令書発行の時或は買収令書の交付に代る公告の時に具備していればよいと解すべきである。

三、1 請求原因第三項のうち被告大阪府知事がさきに本件各土地の買収令書を交付しのちにこれを取消したことは認める。

一旦買収令書の交付を取消しておきながら更に買収令書の交付をするのは違法であるという主張は争う。

2 被告大阪府知事がさきになした買収令書の交付を取消した経緯は次のとおりである。

原告から大阪府、大阪市等を被告として提起された前記の訴訟において原告が第一審で勝訴した際(第一審の判決は先決問題として買収令書の交付に代る公告はその要件を充さないため無効であるという判断をしていた)被告大阪府知事としては右の公告は有効であると考えていたが、前記訴訟において被告大阪府、大阪市等が終局的に敗訴した場合公共の利益に与える重大性に鑑み農地法施行法第二条によつて本件各土地の買収令書を交付することにし昭和三四年一月二六日右令書を原告に交付した。

ところが原告は控訴審において、右買収令書の交付は大阪府知事自身がさきになされた買収令書の交付に代る公告が無効であると判断した結果によるものであると主張した。しかし、それは大阪府知事の真意に反するし、又前記訴訟においては行政処分自体は単に先決問題として争われていたにすぎなかつたため、このような誤解を防ぐためにも右令書の交付を取消す方がよいと判断し昭和三五年四月二〇日これを取消したのである。

なおこれについては買収令書の交付が取消されただけで買収計画が取消されたわけではないから、更に買収令書の交付をするのは違法ではない。

六、請求原因第三項の6のうち原告主張の土地を国鉄が買受けていたことは認めるが当時東海道新幹線工事を施行中であつたという点は否認する。

このような土地の買収が違法であるという主張は争う。

被告補助参加人

(原告の本件買収処分取消の請求に対する抗弁)

一、仮に本件買収処分が違法であるとしても、本件買収処分が取消されると公共の利益に著るしい障害を生じ、処分を取消すことは公共の利益に適合しないから行政事件訴訟法第三一条により請求棄却の判決を求める。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告が昭和一四年七月二五日家督相続により本件各土地(当時分筆前)の所有権を取得したこと、被告大阪府知事が昭和三七年八月二四日本件各土地の買収令書(買収の時期昭和二三年一二月二日)を発行し、これを自創法第九条の規定により原告に交付して、本件各土地につき自創法第三条の規定による買収処分をしたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

二、(請求原因第三項の1の主張について)

1  本件各土地買収計画樹立から本件買収令書の交付にいたるまでの事実関係は次の当事者間に争いのない事実、原告において明らかに争わないから自白したものとみなされる事実及び成立に争いのない甲第一号証及び本件弁論の全趣旨によつて認められる事実のとおりである。

昭和二三年一〇月一八日大阪市東淀川区農地委員会は本件各土地を原告の亡父正信を所有者として(原告は当時本件各土地について相続登記をしていなかつた)自創法第三条の規定により買収することを決定し、買収の時期を同年一二月二日とする買収計画を樹立し同月一九日から一〇日間右買収令書を縦覧に供したが異議の申立がなかつた。そこで大阪府農地委員会は同年一二月一日右買収計画を承認した。そして被告大阪府知事は昭和二四年四月二五日原告の父正信あての買収令書を発行し、大阪市東区北浜三丁目中野合資会社気付で右買収令書を送付したが送達不能となつたので、昭和二五年三月二五日附大阪府公法第一号外で買収令書の交付に代る公告をした。

そして昭和二六年一一月一日本件各土地は自創法第一六条の規定により訴外坂本市他一〇名に売渡された(以上の事実については当事者間に争いがなく、あるいは原告において明らかに争わない。)。

本件各土地のうち、一六六番の二ないし一二の土地については昭和二九年一二月ごろ訴外大阪府が買受けこれを宅地に転用の上、その地上に大阪府営住宅を建設し、三一番地の一ないし一〇の土地については昭和三〇年一〇月ごろ補助参加人大阪市が農地法第五条による被告大阪府知事の許可をうけて買受けこれを宅地に転用の上、大阪市営住宅を建設した。

昭和三一年一〇月二二日原告は訴外大阪府、補助参加人大阪市及び一六六番地の一、一六七番地の一ないし一一の各土地の所有名義人を被告として大阪地方裁判所に所有権移転登記等請求訴訟を提起し原告が勝訴した。同事件の被告らは大阪高等裁判所、最高裁判所に控訴上告を提起したがいずれも原告が勝訴し、その判決は昭和三七年一月三〇日確定するに至つた。

右判決においては、先決問題として前記の買収令書の交付に代る公告は買収令書を交付しえたにもかかわらずこれを交付しないでなされたから右の買収処分は無効であると判断され、本件各土地の所有権がいぜんとして原告の所有に属することが確定されるに至つた。(以上の事実については当事者間に争いがない)

被告大阪府知事は右の判決によつて買収令書の交付に代る公告が違法であり買収処分が無効であると判決された結果、本件各土地は農地法施行法第二条第一項に該当するものと考え、同条同項に基いて昭和三七年八月二八日原告に対し本件買収令書の交付をした(以上の事実については成立に争いのないのない甲第一号証及び本件弁論の全趣旨によつて認められる)。

2  原告は農地法施行法第二条はいわゆる経過規定を定めたものであつて、本件のように形式上一旦買収手続が全部完了している場合には適用されないと主張するのでこの点を検討することにする。

農地法施行法第二条第一項は「左に掲げる土地、権利又は立木、工作物その他の物件で農地法の施行の時までに買収又は使用の効力が生じていないものはなお従前の例により買収し、又は使用するものとする。

一、旧自創法第六条第五項の規定による公告があつた農地買収計画に係る農地……以下略」と規定している。この規定が主として自創法第六条第五項の規定による公告はなされたが農地法施行の時までに未だ買収令書交付の手続がなされていないため買収の効力を生じていないものを対象として規定されたものであることは疑いないが、自創法第六条第五項による公告後農地法施行の時までにすでに買収令書の交付(或はこれに代る公告)がなされ、これにかしがあるため農地法施行の時までに買収の効力を生じていない場合にも同条の適用があるものと解すべきである。

なぜなら自創法第六条第五項の公告後農地法施行の時までに買収令書の交付(或いはこれに代る公告)がなされたがこれにかしがあるため買収の効力を生じていない場合も前記法条にいう「買収の効力を生じていないもの」にほかならず、法律の明文上これを除外すべき合理的な根拠がないだけでなく、実質的に考えてみても自創法によつてなされた買収計画の公告までの手続を尊重し、できるだけこの手続を完遂せしめようとする農地法施行法第二条の立法趣旨からしてもこれを除外すべきではないと考えられるからである。

原告の主張は採用できない。

三、(請求原因第三項の3の主張について)

自創法第三条による農地買収処分の無効確認の請求において買収要件の存否、特に買収処分の対象である土地が農地であるかどうかを判断するに当つては買収処分の効力発生時である買収令書交付の時を基準として判断すべきものと解するのが相当である。

すなわち自創法による農地の買収処分は、政府がその土地の小作人その他自作農として農業に精進する見込のある者に当該農地を売渡し(自創法第一六条)、もつて自創法第一条に掲げられた目的を達成するために、その前提として当該農地の所有権を政府が取得する処分であつて、農地の買収計画は右政府の所有権取得のための手段的手続にすぎないのである。

そうであるとすれば、農地の買収計画自体は適法に樹立された場合であつてもその後土地の状況が変化し農地としての性質を喪失した場合には、買収手続を続行し買収処分をしたとしても、当該土地をその土地の小作人その他自作農として農業に精進する見込みのある者に売渡し、もつて自作農を創設し土地の農業上の利用を増進するという自創法第一条に掲げる目的を達成することができないのであるから、このような場合さらに買収手続を続行し買収令書の交付をすることは許されないものといわなければならない。

従つて、被告大阪府知事としては適法に買収計画の樹立せられた農地についても、買収令書の交付をなすに当つては当該土地が農地であることを確認した上、これをなすべきであつて、当該土地が農地としての性格を喪失している場合には買収令書の交付をすることは許されないものといわなければならない。

被告は仮に自創法による一般の買収要件の存否の判断の基準時が買収令書交付の時であるとしても、一旦なされた買収処分の手続上のかしを補充するため農地法施行法第二条によつて買収令書を交付する場合には少くともさきになされた買収令書の交付又はこれに代る公告の時を基準とすべきであると主張する。

農地法施行法第二条の規定が適法な農地の買収計画の公告後、農地法の施行の時までに買収令書の交付又はこれに代る公告がなされたが、これにかしがあるため農地法施行の時までに買収の効力を生じていないものについても適用されることは前記認定のとおりである。しかし、この場合において、さきになされた買収令書の交付又はこれに代る公告自体が無効であるため、農地法施行法第二条の規定により新たに買収令書の発行・交付をすることが許されるのであり、新たになされた買収令書の交付によつて当該買収処分の効力(所有権の移転自体)が生ずるのであつて、新たになされた買収令書の交付によりさきになされた買収令書の交付又はこれに代る公告のかしが補正つまり治癒されるわけではない。なぜならば、一般に行政処分のかしの治癒とは、当該行政処分の成立に際し存したかしが、その後の事実又は行為によつて実質的に是正され得る場合をいうのであつて、かしのある行政処分の後にそれと同一内容の行政処分が繰り返され、それ自体が効力を有すべき場合をいうものではないからである。本件買収令書の発行及び交付によつて、さきになされた買収令書の交付の効力が生じ、その時にさかのぼつて買収処分の効力が生ずるわけではない。従つて、違法性判断の基準時について、同法第二条の規定によつた場合を別異にとり扱う根拠は存しないものといわなければならない。又、買収処分による所有権移転の効力がいわゆる「買収の時期」に遡及すること(法律上の擬制)と買収処分が行政処分として成立・発効することは別個のことがらであつて、買収処分の適法要件はあくまでその処分時に具備していなければならない。

被告の主張は採用できない。

そこで本件買収令書の交付時である昭和三七年八月二八日当時の本件各土地の状況について検討することにする。

昭和三七年八月二八日当時すでに、本件各土地のうち一六六番地の二ないし一二の土地上には訴外大阪府が大阪府営住宅を建築所有しこれを宅地として使用していたこと、三一番地の一ないし一〇の土地上には補助参加人大阪市が大阪市営住宅を建築所有しこれを宅地として使用していたことについてはいずれも当事者間に争いがない。

そして<証拠―省略>を総合すれば次の事実を認めることができる。

一六七番地の一ないし一一の土地は従来畑として耕作されていたが昭和三七年三月はじめ原告が前記訴訟の判決にもとづいて明渡の強制執行をし当時植栽されていた農作物をひきぬいて耕作を禁止し、周囲に木棚と鉄線で囲いをもうけ、間もなく原告が畑であつた右の各土地を埋めたてた。そして右の各土地のうち一六七番地の三、七、六、九、一〇の土地は昭和三七年三月八日東海道新幹線線路敷予定地として、一六七番地の二、八、一一の土地は同年六月二日東海道新幹線附帯施設予定地として、国鉄が原告から買受け、同五、六月ごろから国鉄から同地区の工事を請負つた株式会社小牧組が東海道新幹線建設工事に着手し昭和三七年八月二八日当時は右工事を続行中であつた。

一六七番地の一、四、五の土地については、東海道新幹線線路敷予定地の両側の若干の部分について株式会社小牧組が原告の承諾を得て新幹線工事用の資材の搬入等に使用していたがその部分についてはなんらの工事もされていなかつた。

一六六番地の一の土地は通路として使用され主として公営住宅の居住者の通行の用に供されていた。

そして一六七番地の一の土地は北側は神崎川の堤防に接し、南側は道路をはさんで公営住宅に接し、東側は農地に接していたがその農地のすぐ東側には住宅が建設され、西側は東海道新幹線線路敷及び附帯施設用地に接していた。一六七番地の四、五の土地は北側は神崎川の堤に接し、南側は道路をはさんで株式会社小牧組の東海新幹線建設工事事務所に接し、南西側及び西側はいずれも道路をはさんで公営住宅に接していた。

右認定に反する証拠はない。

以上の事実からすれば、本件買収令書交付当時公営住宅用地として使用されていた一六六番地の二ないし一二、三一番地の一ないし一〇、公営住宅居住者の道路として使用されていた一六六番地の一、東海道新幹線線路敷予定地及び同附帯施設用地として工事中であつた一六七番地の二、三、六ないし一一の土地が明白に農地としての性質を喪失していたことは多言を要しない。又空地として放置されていた一六七番地の一、四、五の土地(その一部が新幹線工事用の資材搬入等の場所として使用されていたことは前記認定のとおり)も当時すでに埋められており、又前記認定の周囲の状況をも考え合わせるとこれ又明白に農地としての性質を喪失していたものと認めざるをえない。

四、(結論)

そうであるとすれば、被告大阪府知事が自創法第三条の規定によりなした本件買収処分は、農地でない土地を対象としてなされたものであるから違法であり、その違法は重大でありかつ被告大阪府知事をはじめとする関係者その他何人にも客観的に明白なものというべきであるから、その他の無効事由の主張について判断するまでもなく、当然無効であるといわなければならない。

よつて民事訴訟法第八九条、第九四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山内敏彦 裁判官高橋欣一 小田健司)

<目録省略>

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